本日ご紹介するのはふくやま文化ゾーン。
長くなってしまうため、前編後編の2回にわけてご紹介します。
福山市に遊びに来られる方や観光に来られる方、市民でもまだ行ったことのない方、ぜひぜひご覧ください(^^♪
ふくやま文化ゾーンとは?
福山駅の北側すぐにあるエリアです。

芸術・歴史・文学を学んだり楽しめる施設がギュッと1つのエリアに詰まっています。
観光はもちろん、歩くだけでも気持ちの良い場所です。
駐車場
大前提福山駅からすぐなので、公共交通機関を利用できる方は徒歩がわかりやすいかと思いますが、駐車場ももちろんあります。
上の地図で場所を確認しながらご覧ください↓
・広島県立歴史博物館とふくやま美術館の間にある駐車場

※上の写真の料金は2026年7月現在の料金です。
美術館や歴史博物館に行かれる方はこの駐車場が1番近いです。
各施設の受付に駐車券を提示しましょう。ふくやま美術館、県立歴史博物館、福山城博物館、ふくやま文学館、福山市人権平和資料館・ふくやま書道美術館


当たり前ですが先ほどの駐車場と同じ料金です。
こちらも先ほどと同様に、上記(青い四角)施設の有料箇所に行かれた方は施設で駐車券を提示すれば、駐車料金が1時間無料になります。


福山城の北側、文学館の正面にテニスコートがあるのですがその横ですね。
1時間無料の件は上記青い四角内と同じ条件です。
もちろんその他民間のパーキングや市営駐車場などありますが、距離的には上記3カ所の駐車場が近いと思います。
福山城
日本一駅から近いお城、福山城。
本当に福山駅出てすぐです。

↑このようにいくつか行き方があります。
とりあえず福山駅北口出てすぐの景色はこれ。
目の前が石垣です。
↑この写真を左に曲がると、階段が見えてきます。
あの階段が福山城の南口です。
登っていくと国重要文化財の筋鉄御門(すじがねごもん)があります。

内側から見るとこんな感じ↓
門の近くに説明書きがありますので、実際に行ったら読んでみてください(^^)/
少し戻りまして駅北口を出てまっすぐ進みますと城の東口があります。


東口側には福山藩初代藩主水野勝成公の像が福山の発展を見つめるかのように駅の方向を向いて立っています。
当ブログの様々なところで登場しますが、この方の功績はすごい!
是非福山城博物館へ行ってみてください。
私も楽しく学ぶことができました(*^_^*)
車いすやベビーカーの方は北口が良いかもしれません。
写真を撮り忘れてしまい申し訳ございません。
北口は階段ではなく、斜面になっています。
でも少々急です。
タクシーで天守前広場まで入るという方法もあるようです。
※詳しくは公式HPをご覧下さい。
美術館近くから登る道が西口。


城の西側には福山藩7代藩主の阿部正弘公の像が城を見つめるように立っています。
なぜ7代目の藩主の像なのか、やっぱり歴史上の功績によるものなのかな(^^)?
阿部正弘といえば日米和親条約の締結や安政の改革など全国の教科書に出てくるような出来事に関わったすごい人ですしね。
江戸幕府の老中首座ですから!
そんな彼が短い人生で福山に行ったのはたった1度きり。
なんせ江戸で忙しかったでしょうしね。
福山にはたった2ヵ月ほどの滞在だったと、福山城博物館で知りました。
とはいえ福山においての功績も凄い方ですから、皆さんも是非福山城博物館に行ってみてください。
毎年難関大学へ多くの生徒が進学する広島県立福山誠之館高等学校も歴史をたどれば阿部正弘さんが藩校として設立したものだったりします。
こちらは鏡櫓。
違う方向から見ると↓
明治初期に取り壊されていますが、昭和48年に外観のみ復元。
現在は福山藩に関する古文書の収集展示を行う文書館となっています。
文書館は無料で入ることができますよ。
休館日:月曜日(月曜が休日の場合は翌日)
こちらは月見櫓。

京都伏見城からの移築と伝わっています。
1879年に取り壊されましたが、1966年に外観復元されました。
現在は1階 和室、 多目的室、2階 大広間となっており、こちらはイベントの際などに入れることがあります。
息子たちはここで福山トレーディングカードふくめくをしたのがとても楽しかったようです(^^♪
こちらは御湯殿。
こちらも伏見城からの移築とされています。
当時は建物は物見部分と風呂屋部分に分かれていたようです。
物見部分は石垣から張り出している面白いつくりなので、ぜひ城の南側から見上げてみてください。
天守に続き、筋金御門とともに旧国宝に指定されていましたが、1945年8月8日の福山空襲により焼失していまい、昭和41年に再建されました。
戦争は本当に多くの大切なものを奪っていきますね(._.)
御湯殿もイベント時などに入れることがあります。

以前福山ばら祭の際にこちらでお茶を点てる体験ができました。
息子が一生懸命真剣に点てていたのが印象的です。
翌年からローズコムに変更になってしまい、少々残念。
雰囲気があってよかったのに・・・暑さや会場のキャパの問題があるのかもですね。
現在の御湯殿からの景色がこんな感じ↓
なんと新幹線が見えちゃいます。
お次は伏見櫓。
1622年に水野勝成の福山城築城にあたり、将軍徳川秀忠より下賜をうけ伏見城の一部を移築させたもので、国重要文化財です。
1954年解体修理の際に、2階の梁に京都伏見城からの移築を表す『松ノ丸ノ東やく(ぐ)ら』といった刻印が発見され、国内でも有数の、明確な伝来を持つ櫓としてその価値を更に高めているそうです。
普段中は見れませんが毎年11月3日の文化の日に見学会が実施されています。
こちらは鐘櫓。
江戸時代には太鼓も常備されていて、半時(約1時間)の太鼓を打ったという記録があるのだそうです。
明治6年の廃城令で取り壊されることなく残され、1945年の福山空襲でも焼失を逃れますが荒廃がすすみ、1979年に銅板葺きに改められて市の重要文化財に指定されました。
現在では鐘搗きは自動化されていて、午前6時・正午・午後6時・午後10時にその音を聞くことができます。
お次は旧内藤家長屋門。
福山城の西外堀北側に面した位置にあった武家屋敷内藤家の長屋門です。
現在の位置は異なります。
昔はこんな感じだったんですね。
福山の城下町は空襲で多くが燃えてしまいましたから、これは藩政時代を偲ぶ貴重な建造物なんだそうです。
本丸広場にどどんとあるこの松。
福山藩主阿部正倫公ゆかりの松です。
もとは阿部正倫公の所有で、その後所有者がかわり、ずっとこの場所にあったわけではありませんが、明治34(1901)年11月3日にここに植えられたそうです。
つまり福山空襲の戦火も逃れたということですね。
これからも福山市を見守ってほしいです。
そして!
ようやく福山城博物館です。
こちらは有料になります。
一般:500円
高校生以下:無料
※2026年7月現在の料金です。

小さいころから天守閣には何度も訪れました。
しかし、あの頃と現在では外観も中の展示も変わっています。
初代福山藩主水野勝成公が江戸幕府に福山城の築城を報告した日とされる築城400年記念日の2022年(令和4年)8月28日にリニューアルしました!
大きく変わったのは福山城天守の北側の姿。

往時の福山城の姿を取り戻すというコンセプトのリニューアル。
福山城の北側は堀がつくなかったため防御が手薄だったそうです
そこで、大砲での攻撃に耐えられるように、天守の北側が鉄板張りにされていたとのこと。
昔の貴重な資料、焼失前の写真や、貴重な焼けた鉄板を調査・検証して再現したそうです。
たしかに私の中の福山城のイメージはどの方向も白かったですし、最上部の手すりも目立つ赤色だったと記憶しています。
私のような素人が見ても、その赤色が妙に張りぼて感があったので、たしかに現在の福山城の方が城!って感じがします。
そして何よりも城内の展示!
昔は少々暗い城内に兜などが寂しく展示されていて、皆さん天守最上部へのぼることをメインにされていたと思います。
現在は映像あり体験ありのとても学べて、面白い展示になっています。
写真を撮っていい箇所は少ないので写真はあまりありませんが↓


歴史的価値とか造り・知名度は置いておいて、中の展示は大阪城よりも福山城の方が展示が新しいため様々な工夫がされていて、見ていて楽しいと感じました。
お子さんも楽しめると思いますし、新しいため字幕など外国の方も見やすいかと思います。
夏休みの自由研究などにも良いと思いますよ(*´▽`*)
天守最上部からはぐるっと景色が見渡せます。


まとめ
いかがでしたか?
福山市民にとって福山城は福山市のシンボルであり、小さい頃は遠足に行ったりと思い出深い場所でもあると思います。
駅から近い!ということだけでなく、展示も新しくなりましたし、今後はさらに知名度も増すことを願います。
歴史好きや城好きでないとなかなか知られていないためか、遊びに来てくれた人を連れて行くと「えっ!?立派じゃん!!」と驚かれます。
すべてを紹介することはできませんので、ぜひ皆さん実際に行ってみてほしいです!
最後に、福寿会館(最初の地図でご確認ください)辺りから見上げる福山城で〆ましょう。

情報
場所:〒720-0061 広島県福山市丸之内1丁目8−8
時間:9時~17時 ※最終入館時間は16時半
休館日:月曜日 (祝日の場合は翌日)、年末(12月28日~12月31日)
その他臨時休館あり
駐車場:上の駐車場項目をご覧ください
※情報変更の可能性があります。事前に公式HP等でご確認ください。
