本日ご紹介するのは神辺城跡です。
神辺城とは?
現在の広島県福山市神辺町の黄葉山にあった山城です。
築城の年はいくつか説があるようで、一つ目は1335年に備後国守護となった朝山景連(あさやまかげつら)が守護所を神辺に置き、同年築城したという説。
しかし近年研究が進み、神辺に守護所は無かったということが確実視されてきているとのこと。
そのため二つ目の説は1443年(室町時代)に山名氏によって築かれたのが始まりとする説です。
関ヶ原の戦い以降は福島正澄(ふくしままさすみ)が入城し、近世城郭として整備される。
そして福島氏に替わり入封したのが水野勝成です。
水野勝成は福山城を築き、そちらへ移ったため、神辺城は廃城となったようです。
しかも福山城築城の際に、神辺城の櫓や石垣がほとんど転用されたため、現在のわかりやすい遺構はわずか。
ちなみに神辺城と呼ばれるようになったのは廃城後のことで、歴史上の正確な呼称は村尾城です。
たしか息子が遊んでいた『信長の野望』にも神辺城として出てきてたなぁ~( ̄▽ ̄)
駐車場
先日ご紹介した神辺歴史民俗資料館に行った際に利用した無料の駐車場(10台ほど)を神辺城跡へ行く際も利用することが出来ます。

この写真↑の左側に進めば神辺歴史民俗資料館、右に行けば神辺城跡です。
ただしこちらの駐車場までの道が少々狭い場所もありますので、運転にはご注意ください。

↑資料館駐車場とかかれている場所です。
神辺城跡
いざ!神辺城跡へ!!

想像図の看板がありました。
車だったので楽々と来てしまいましたが、山城のこの辺り(現在地)にいるのですね。

現在、黄葉山と日笠山の2つの山がせまった峡谷一帯が吉野山公園道として整備されていて、とても歩きやすい(*´▽`*)
これが堀切跡です。

私はお城についての知識なんてほぼ無いのですが、大河ドラマの終わりのコーナーで山城跡が出てくると、よく堀切が紹介されているイメージです。
時代が全く異なりますが、岡山県の鬼ノ城に行った際も堀切を見た記憶があります。
こちらは三番櫓跡。

ここからは西側に広がる神辺平野が良く見えます!


親切に看板↓があるため、どこに何が見えているのかがわかりやすい(*^▽^*)


さらに進むとここは二番櫓跡だったかな?
間違っていたらごめんなさい(-_-;)
ベンチもあって、気持ちが良いです。
当時の城からの景色も、山などは今と同じでしょうから不思議な気分になります。
お城のことや歴史がわからずとも、歩いているだけで気持ちが良いですし、先ほどご紹介した駐車場にとめれば、整備されているためお子さんでも問題なく歩けそうです。
ここが本丸跡。

落ち葉がすごい場所は滑るので足元にご注意下さい。

井戸跡もあります。

駐車場まで30~40分ほどで戻って来ました。
お城好きでじっくり見る方、桜の季節などゆっくりと景色を楽しまれる方などいらっしゃると思いますが、普通に歩くと整備されているため、然程時間かからず駐車場まで戻ってくることが出来ました。
麓の方にある遊具が綺麗な吉野山公園から歩くコースや天別豊姫神社から登るコースもいつか挑戦してみたいです。
感想
春で気候も良く、城に詳しくなくても、歩いていてとても気持ちが良かったです。
詳しくないゆえにもう少し遺構があれば・・・なんて思ったりもしますが、福山城築城の際に転用されたなんて、昔の人は物や資材を大切にしたんだなと感じます。
神辺の歴史に触れることができて楽しかったです。
神辺の他の歴史的箇所にも行ってみたいなと感じました。
皆さんも是非!
情報
場所:〒720-2123 広島県福山市神辺町川北6−3
※神辺歴史民俗資料館・神辺城跡の駐車場住所です。
駐車場:有(無料)
※情報変更の可能性があります。事前に公式HP等でご確認ください。
